人工ダイヤモンドまたは合成ダイヤモンドをご存知でしょうか?
これは、ジルコンやキュービックジルコニアなど「イミテーションダイヤ」とは厳密には異なります。天然と同じ結晶構造・成分・特性を人工的に再現したダイヤモンドなのです。
従来は人工ダイヤモンドと言えば、半導体や研磨剤といった産業用途が主でした。
しかしながらこの人工ダイヤ、技術向上でどんどんハイグレードの天然ダイヤモンドとほぼ同レベルの個体が製造されるようになっていき、ジュエリー市場でのシェアを年々拡大しています。
決定打は、2018年、ダイヤモンドの世界最大手デビアスがLIGHTBOX JEWELRY(ライトボックス・ジュエリー)を立ち上げたことでしょう。これは人工ダイヤモンド専門のジュエリーブランドであり、ライトボックスの誕生以降、人工ダイヤはますますの市民権を得ていくこととなりました。
そこで気になってくるのが、「人工ダイヤモンドの出現によって、高級品の価格が下がっていくのか」ということ。
ロレックスやウブロ、タグホイヤーにオメガ等、時計ブランドの中にはダイヤモンドをあしらったラグジュアリーなモデルをラインアップするブランドもありますが、ノーマルタイプと比べて数万円~数十万円の価格差がついてしまうものです。
人工ダイヤモンドによって、この価格差が埋められることになるのでしょうか。
この記事では、人工ダイヤモンド(合成ダイヤ)について解説するとともに、モノの価格・価値に与える影響を、時計専門買取店の立場から考察してみました。
目次
人工ダイヤモンド(合成ダイヤ)とは?
人工ダイヤモンドとは、その名の通り人工的に製造されたダイヤモンドです。
トリートメント・エンハンスメント処理(加熱によって色味を強くしたり、漂白したりすること)とは違います。また、冒頭でも述べたように従来「イミテーション(模造)」と称されてきたジルコンなどとは異なり、天然ダイヤモンドとほぼ同じ特性を持ちます。
人工ダイヤモンドは特に定まった呼び方はなく、日本でも合成ダイヤとかラボ・グロウン・ダイヤモンドなどと呼ばれています。
詳細を解説いたします。
①人工ダイヤモンドの生成
ダイヤモンドは炭素が構成物質です。鉛筆の芯などと同じ素材ですね。この炭素原子が堅牢な立方構造をしていることがダイヤモンドの特徴です。
炭素が地球の奥深く、百数十kmも深部の「マントル」と呼ばれる場所で、2000度ほどの高温・高圧下にあったことで炭素の原子同士が強く結びつき、結晶化。この一連の流れによって美しくも強固なダイヤモンドが生成されることとなりました。
現存するダイヤモンドが上記のようにして生成されたのは、数十億年前と言われています。
さらにマントルにあった全ての炭素がダイヤモンドになったわけではないこと。加えてマントルのような深奥でできた鉱物が地表に出てくるのは、非常に大規模な火山活動が必要となることから、採掘技術が進んだ今なお採れる量は多くはありません。
この稀少性も、ダイヤモンドの一つの価値と言えますね。
人工ダイヤモンドでは、この生成原理を利用することとなります。
方法としては大きく分けてHPHT法とCVD法があります。
HPHT法はHIGH PRESSURE AND HIGH TEMPERATUREの略称で、天然ダイヤモンドの生成をそのまま再現したものとなります。
炭素を地球マントルのような高温高圧下に置き、数週間程かけてダイヤモンドの立方構造を作り上げます。
また、炭素原子の「つなぎ」として鉄を用いるため、磁石にくっつくことが特徴です。
人工ダイヤモンドの研究は19世紀から始まり、商業的に成功されたと言われているのは1954年のことです。
アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社を中心としたチームが成功させた人工ダイヤモンドは、このHPHT法が用いられていました。
比較的低コストでダイヤモンドの大量生産を実現できるため、現在半導体といった産業用途のために作られる人工ダイヤモンドを中心に、主流となっています。
一方のCVD法はCHEMICAL VAPOR DEPOSITIONの略称で、直訳すると化学気相蒸着法です。こちらは1980年代に開発された手法となります。
CVD法では炭化水素ガス(一般的にはメタンが多い)をプラズマ化して炭素と水素に分解し、ダイヤモンドの種結晶(育成のための核となる結晶)に蒸着させ、結晶化させたものとなります。
製造時間は、カラット数にもよりますが、こちらも数週間ほど。天然ダイヤモンドが数億年かけて作られたことを鑑みれば、その数値がいかに驚異的かおわかり頂けるでしょう。
HPHT法のような高温・高圧環境はいらず、多彩な種類の基板上でダイヤモンドが生成されます。
また、ある程度化学的な要素を制御することで特性を柔軟に変化させることができ、宝石質のダイヤモンドを生成することも可能です。
そのため、後述するデビアスでは、こちらのCVD法が用いられています。
なお、CVD法は金属を含有していないため、磁石にはくっつきません。
このように、いくつかの過程があるにせよ、人工ダイヤモンドは天然の基本構成要素を踏襲しています。そのため天然・人工ともに結晶構造も成分も特性もほぼ同一で、きわめて似通っていると言えます。実際、専門家であっても肉眼では、見分けることは困難でしょう。
そのため天然のように美しいダイヤモンドを、炭素さえあれば安定供給できるとあって、年々注目度の高まっている技術でもあります。
ちなみに、毛髪や故人の遺骨をダイヤモンドに生成し直す、メモリアル・ダイヤモンドと呼ばれるサービスがあるようです。
②天然と人工ダイヤモンドの違い
かつての人工ダイヤモンドは小さく、どこか黄色みがかっていて、価値ある天然ものとは大きく異なっていましたが、技術進歩によってほぼ同じとなりました。
ただし、天然・人工ダイヤモンドは「ほぼ同じ」であり、全く同じというわけでは当然ありません。確かに構造や成分自体は一緒ですが、結晶に違いを見出すことが可能です。
と言うのも、生成過程が異なるゆえに、人工ダイヤモンドは結晶に一種の不均一性を有します。
また全ての個体に言えることではありませんが、天然ダイヤモンドの中には蛍光性(フローレッセンス)を有するものがあります。
これは紫外線等の一部光線を受けると蛍光を発する特性を持ったダイヤモンドのことで、ブラックライトに当てると青く光ります。この蛍光性は人工ダイヤモンドにはないとされており、すなわち蛍光性を持った個体は天然ダイヤモンドと識別することが可能です。
しかしながら、前述の通り、天然ダイヤモンドであっても蛍光性を持つものは一部です。また、結晶に不均一を見出すなど、ルーペを使ってわかるような類ではありません。
天然と人工ダイヤモンドでは、繰り返しになりますが、多くの特性を同一にしているのです。
例えば、ダイヤモンドで最も大切な「見た目」。
「ダイヤモンドとは?」の問いには様々な回答があるでしょうが、一つに「キラキラとまばゆく輝く」というものがあります。これはダイヤモンド特有の屈折率に由来するものです。
屈折率とは簡単に言うと光の曲がり方です。
ダイヤモンドに光が入射すると、その光は内部で曲がり、反射します。その反射した光はさらに別の面にぶつかって反射し、折れ曲がります。さらにダイヤモンド表面でも光は反射しています。
これらの相乗効果によって、ダイヤモンドはキラキラと光を発しているかのような外観を実現しているのです。
ちなみに、ダイヤモンドは「カットが大切」と言われますが、これは屈折率を最大限に活かすため。ファセット(カットした面)が多ければ多いほど様々な方向から光を入射させ、あらゆる方向に屈折させることができます。
現在主流になっているブリリアントカットは58面体(または57面体)となっており、ダイヤモンドを美しくする一つのスタンダードとなっています。
この屈折率の他、光の分散率(ファイア)によってもまばゆい輝きを実現していますが、天然・人工ダイヤモンド、どちらも光学的な特性値は同一となります。
加えてダイヤモンドの語源となったギリシャ語adamand(誰も征服できないほどの堅牢な)が示唆するモース硬度「10」という特性値も一緒。
また、よく「本物と偽物のダイヤモンドは触ってひやっとするかどうか」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、これはダイヤモンドの熱伝導率によるものです。
ダイヤモンドは熱伝導性が他の鉱物と比べてきわめて高いため、結晶中を熱が伝わりやすく触ると冷たく感じる、というものですが、人工ダイヤモンドも熱伝導性が高いため、この試みは天然・人工の区別にはあまり意味をなしません。
なお、CVD工法ではある程度特性を左右できる面もありますが、天然・人工ダイヤモンドどちらも石である以上インクルージョン(内部のヒビや不純物等)を確認することができますし、人工によってカラーダイヤモンドを生み出すこともできます。
つまり、天然・人工ダイヤモンドの違いを見分けることは、きわめて難しいと言えます。
専用の分析装置があれば区別は可能ですが、どのショップでも所有している・・・という類のものではないでしょう。
そのため、天然・人工ダイヤモンドが市場で混在してしまい、業者が区別できないといった事例が発生しつつあることも事実です。
日本国内でも2015年頃から市場で人工ダイヤモンドが出回るようになりましたが、「人工」と謳っていないものもあります。
現在、GIA(Gemological Institute of America:米国宝石学会)などでは「ダイヤモンドの合成」に関する情報を発信したりセミナーを開いたりといった取り組みを行い、天然・人工の区分けを明確にする努力が行われています。
人工ダイヤモンド(合成ダイヤ)のジュエリー利用
出典:https://www.facebook.com/lightboxjewelry/
人工ダイヤモンドの生成技術の発展により、宝石質の美しい個体が出回るようになってきました。
それでもかつてまでは、ジュエリーとしての人工ダイヤモンドの知名度はそこまで高くなかったように思います。
人工ダイヤモンドの名前が広まったのは、冒頭でもご紹介したデビアスが2018年にスタートさせたLIGHTBOX JEWELRY(ライトボックス・ジュエリー)に拠るところが多いでしょう。人工ダイヤモンドを専門に扱った同社の新ラインです。
デビアスは1881年に設立された、ダイヤモンドの採鉱・流通・加工・卸売に携わる資源メジャー(巨大企業)です。
「A Diamond is Foreverーダイヤモンドは永遠の輝きー」
「婚約指輪は給料の3ヶ月分」
これらのキャッチコピーはあまりにも有名ですが、デビアスによるマーケティングの一環として広まったものとなります。
ダイヤモンドは確かにもともと価値ある貴石として語られていましたが、世界規模の市場を獲得したのは、デビアスの功績が大きいでしょう。
出典:https://www.facebook.com/lightboxjewelry/
そんなデビアスが立ち上げた人工ダイヤモンド専門のライトボックスに、当初は賛否両論が巻き起こりました。
ダイヤモンドの価値が暴落してしまう、と。
確かに人工ダイヤモンドは安定供給が可能です。一方の天然ダイヤモンドは、稀少性ゆえに価格が高くなってしまうという側面があります。
そのため、かつての養殖真珠も同様に言われていましたが、デビアスのような大手が率先して人工ダイヤモンドを商材として打ち出すことは、市場でのダイヤモンド価格や流通のバランスが崩れてしまうのではないか、という懸念が広まったのです。
確かにデビアスは、低価格帯な人工ダイヤモンドで若年層をファンに取り込むことを一つの戦略としていました。
しかしながら、実はもう一つの、業界全体を視野に入れた狙いがあったのです。
それは、市場に意図せずして出回ってしまい、かつ天然と遜色のないような価格で販売されている人工ダイヤモンドの現状に待ったをかける、というものです。
どういうことかと言うと、デビアスで率先して人工ダイヤモンドの適正価格を提示し、不当に高い価格で人工ダイヤモンドが売られたり、天然と混同されたりすることを防ぐという狙いです。
現在ブランドや個体のグレードにもよりますが、人工ダイヤモンドは天然の4割~7割程度の価格で販売されることが多いです。これはデビアスによる功績が大きいでしょう。
現在では、デビアスの他にクールベという人工ダイヤ専門店がフランス パリにオープンしたり、人工ダイヤモンドの鑑定が始まったりと、人工ダイヤモンドはジュエリーとしての認知度をますます高めていっています。
人工ダイヤモンド(合成ダイヤ)によって高級時計やジュエリーは安くなるのか?
前述の通り、ジュエリーとしての利用がさかんになってきた人工ダイヤモンド。
天然よりも遥かに安価で購入できるにもかかわらず、美しさは遜色ないどころかほぼ同一です。そのため、デビアスの狙い通り、人工ダイヤモンドに需要が流れることはあるでしょう。
そうなってくると、天然・人工問わずダイヤモンドの価格がどうなるのかが気になるところ。天然の「稀少性」は変わらなかったとしても、従来の需要が人工ダイヤモンドへと流れることになるやもしれません。
また、今後ハイブランド等でも人工ダイヤモンドが扱われるようになったら、高級ジュエリーの価格に何か変化が起きるのでしょうか。
答えとしては、あくまで考察ですが、著しく天然ダイヤモンドまたはダイヤモンドジュエリーおよび高級時計の価値が下落することはないでしょう。
前述の通り人工ダイヤモンドとは明確に区別されたうえで販売されていますので、価格の影響は受けづらいと考えるのが定石です。
また、「天然ものへの需要が減るのでは?」といった懸念があるかもしれませんが、ハイブランドのジュエリーを購入する層・天然ダイヤモンドを購入する層・人工ダイヤモンドを購入する層のターゲットは明確に異なります。事実デビアスも、LIGHTBOXは「若年層をターゲティングにしている」と明言しています。
これは高級時計の世界では、なおのこと確信をもって言えることです。すなわち、人工ダイヤモンドが価格に与える影響が大きいとは考えづらい、と。
と言うのも、既に高級時計はムーブメントやインデックスに人工ルビーやサファイア,あるいは「準貴石」に分類されるスピネルが用いられることがありますが、だからと言って安価になるとか、カジュアルに見られるとかはありません(もちろん原価が変わるので、使われる石によって定価は変わってきますが)。
むしろ、高級時計は「ブランド力」が価値の大きいところを担うため、人工ダイヤモンドの出現によって大きく価格が左右される類ではないでしょう。
もっとも、今後人工ダイヤモンドを使用する時計ブランドがあるかどうかわかりませんが。
しかしながら、今まで以上に「保証書」「ダイヤモンド鑑定書」が価値を持つであろうことは付け加えておきます。
と言うのも、悲しいことに人工ダイヤモンドを「天然」と偽って販売する業者は一定数います。中には人工ダイヤモンドと知らずに仕入れたり、買取を行ったりしてしまうお店も・・・
そのため、今後ジュエリーにしろ高級時計にしろ、「このダイヤモンドは天然(または人工)です」といった証明書が、よりいっそうの重要性を増していくのです。
出典:https://www.vancleefarpels.com/jp/ja.html
なお、「保証書」はダイヤモンド鑑定書と異なり、天然か人工ダイヤモンドかの区別が記載されているわけではありません。あくまで「本物であることの証明」「ブランドからの保証期間の証明」です。
厳密には保証書だけでは「ダイヤモンドが天然か人工か」の違いはわからないのですが、高級時計の世界ではこちらの保証書の方がさらに大切になってきます。
と言うのも、ダイヤ鑑定書を付属させるのは、ハリーウィンストンやタグホイヤー等の一部ブランドに留まっていること。加えて時計業界におけるダイヤモンド問題は「天然か人工か」よりも、「後からセッティングされたものではないか」ということを判断するのに重要視されるためです。
高級時計はアフターダイヤというカスタマイズが行われることがあります。
これはメーカー純正ではなく、もともとダイヤモンドのないモデルに、専門業者が後からダイヤモンドをセッティングさせるサービスのことです。
アフターダイヤ自体は絶対悪とは一概には言えないのですが、非純正品となってしまい、メーカーでは修理やメンテナンスを受け付けないケースが増えてきています。
さらに、ここ数年カルティエやロレックス等が中心になってアフターダイヤの市場からの締め出しを強化したことで、多くのショップでアフターダイヤが施された個体の売買をストップさせています。
そのため時計買取専門店などでは、ダイヤモンドがセッティングされた個体は保証書がなくては買取をしない、というところも。
現在、ハイメゾン等一部ブランドを除き、全てのダイヤモンドに鑑定書を発行しているわけではありません。
特にメレダイヤのようにきわめて小さい石はなおさらでしょう。
しかしながら人工ダイヤモンドの出現やアフターダイヤ問題などが背景となり、今後ますます鑑定書・保証書の存在は重要になってきます。
現在既にダイヤモンドを所有されている方もこれから購入する方も、このことはぜひ心に留めておいてほしいものです。
特にご売却になる段になって、絶対に必要となってくるでしょう。
まとめ
人工ダイヤモンド(合成ダイヤ)とはどのようなものか,どのようにして作られるのか。ジュエリーとして利用されるようになった背景や、高級時計・ジュエリーの価格への影響を解説いたしました!
天然・人工で区別のつかないようなハイレベルなダイヤモンドが人の手で作られるようになった一方で、今すぐに高級時計やジュエリーの価格に影響を与えるようなものではないこと。
一方で保証書やダイヤモンド鑑定書の存在感は、今後さらに増していくであろうことをご理解いただけたでしょうか。
今注目の人工ダイヤモンドと、上手に付き合っていきましょう!
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この記事を監修してくれた時計博士
安 寧実(AN NINGSHI)
中国吉林省の出身で中国語と韓国語が母国語。
日本語学校で1年半日本語を勉強し、専門学校では英語を専攻。卒業後、羽田国際空港のロレックス正規店に勤務し、2018年7月からGINZA RASINで勤務。中国語、韓国語、日本語、英語の4か国語に精通。時計業界歴7年。